産学連携とオープンイノベーションで日本の科学技術を振興する
先端的な産学連携・共同研究の成功事例に学ぶ、共同研究を成功させるポイント ~ epiST Summit 2019 fall

2019年10月18日に開催した『epiST Summitビジネス×アカデミアミーティング』では、先端的な共同研究に取り組む4社にご登壇いただき、「共同研究のメリット」や「共同研究をうまく進めるためのポイント」などについて、パネルディスカッションを行いました。

田中晃弘(Teruhiro Tanaka)

株式会社 Retail AI COO

伊藤俊徳(Toshinori Ito)

RIZAP株式会社 経営企画室 室長

幕田純(Jun Makuta)

RIZAP株式会社 スタジオ事業本部 教育開発部 部長

藤波克之(Katsuyuki Fujinami)

FSX株式会社 代表取締役社長 兼 最高経営責任者

手塚圭一(Keichi Tedsuka)

デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム株式会社 執行役員 プロダクト開発本部長

産学連携・共同研究でビジネスを加速させる

ー 先端的な産学連携・共同研究を行う4社にご登壇いただき、パネルディスカッションを進めていきたいと思います。まず、各社の取り組みを教えてください。

田中(Retail AI) Retail AIは、九州を地盤とする大手スーパー『TRIAL』を展開する株式会社トライアルホールディングスが、「テクノロジーによる流通改革」を目的に新設した会社です。小売メーカーの投資総額は1年間で46兆円に上るのに対し、店舗での「何を買うのか分からない」とされているお客様の比率は80%とも言われており、リテール業界では投資対象が明確ではない中で巨額の非効率な投資が行われています。AIの力で人(お客様)とモノ(商品)をつなげることができれば、非効率な投資を排除することができ、さらにお客様から見た利便性の向上、つまり最高のお客様体験を提供することができます。既に『TRIAL』の店舗では、さまざまなテクノロジーが活用されています。リテールAIのカメラが商品棚の状況を把握して欠品を検知する機能や、スマートレジカートに設置されたディスプレイが、お客様一人ひとりに合わせた商品をリアルタイムにご提案する機能が実装化されています。さらにプリペイドカードによるキャッシュレス決済機能により、レジ待ちも解消されます。

こうした新技術のアルゴリズムをさらに改善するため、Retail AIは産学連携による共同研究を行っています。産学連携による共同研究は、Retail AI側から見ると、データサイエンティスト人材の数が限られる中、大学の知見を活用できることは投資対効果の面で非常に有用です。大学側はRetail AIが持つ大量の実データを扱うことができ、研究を通じて社会にインパクトを与えることができます。このように互いにwin-winの関係を築けることも、産学連携モデルの魅力です。

加えて人材育成の取り組みとして、Retail AIは首都圏大学の学生とともに「ショッパーマーケティング」を継続的に行っています。TRIAL店舗のID-POSやAIカメラのデータを活用して、飲料会社が発売する新商品のテストマーケティングを実施し、詳細な分析を行いました。また九州大学との共同プログラムでは、データサイエンティストを育てる寄付講座をRetail AIが担当しており、授業にも社長などシニア層が登壇するなど注力しています。副次的な効果として、過去プログラムに参加した学生がトライアルグループ以外の会社に就職し、会社横断的なネットワークが盛り上がりつつあるので、今後活用して面白い事業ができればと考えています。

今後もこのような産学連携の取り組みを拡大しつつ、産学連携を通じて生まれた新しいネットワークも活用しながら、新たな事業につなげていきたいと考えています。

幕田(RIZAP) RIZAPは「結果が出るまで」お客様をしっかりとサポートすることで、業界内での差別化を行ってきましたが、RIZAPのメソッドは効果が出ることで評価される反面、トレーニングの負荷や食事制限の安全性に関する不安の声をいただくこともありました。そこで取り組んだのが、RIZAPの提供するトレーニングや食事指導の安全性・効果性を証明する共同研究・学会発表です。例えば東京大学との共同研究では、通常の血液検査よりも多い100項目程の検査を行った結果、血中代謝物やホルモンの濃度は体重減少後も正常値の範囲内であり、かつトレーニング実施前に正常値から外れていた数値は良化することも判明しました。

また実際にサービスにつながった共同研究の事例としては、低糖質ダイエットの肥満解消効果を調べた研究があります。「1日50gの糖質制限はストイックすぎるのではないか」というお客様の声を受け、メソッドの安全性に加え、少し制限を緩和した1日120gで糖質制限を行った場合の効果、双方を明らかにする目的で行いました。お客様に寄り添うRIZAPのトレーニングの特徴を活かし、食事指導の遵守率ほぼ100%・途中離脱者なし、という好条件のもと、どちらの糖質制限でも安全かつ効果的という研究結果が得られたため、現在は糖質制限について1日50gと120g、二種類のコースを設けています。このほか、筑波大発ベンチャーである株式会社THFと「体力年齢推定式」を共同開発し、RIZAPが提供しているシニア向け健康プログラムの効果測定に活用しています。

伊藤(RIZAP) RIZAPのこれからの取り組みとして、健康寿命の延伸に貢献していきたいと考えています。これまでのRIZAPは、1対1で寄り添うパーソナルスタジオのスタイルが中心でしたが、さらに効率よく多くの方にRIZAPのサービスを提供するために、全国の拠点で日々生成されるデータの活用が不可欠だと考えています。トレーナーを介すのではなく、RIZAPの食事を通じて多くの方を健康にしていくために共同研究を通じて商品開発を行っているほか、全国153の医療機関と連携しており、主治医とも協力しながら、糖尿病の方が食生活や運動習慣を変えるサポートをする事業なども検討しています。このような事業展開をしていく上で、RIZAPには「データ収集」と「テスト」を行う基盤はありますが、欠けているデータを活用する「アルゴリズム」の開発において、オープンイノベーションや共同研究を活用していきたいと考えています。

さらに社外との連携の方向性として、デジタルデータのさらなる活用を推進していきます。具体的なイメージとしては、地方などRIZAPの店舗が少ない地域において、継続的に運動を続けることをサポートする取り組みです。例えばベンチャー企業と画像解析を通じてのトレーニング中のフォームチェックや、IoTデバイスの獲得を通じたRIZAPサービスへのアクセス性向上など、より多くの方にサービスを届けるため、多方面でのオープンイノベーションに取り組んでいます。「すべての人が自分自身の価値を実感できる人生を送る」ことを目指して、今後も積極的に研究や技術開発に取り組んでいきます。

藤波(FSX) FSX株式会社は1967年創業のおしぼり会社です。本業はおしぼりレンタルですが、産学連携を通じて様々な製品開発・技術改革に取り組んでいます。かつては商品の差別化ができず、さらにおしぼり産業の市場が飽和状態を迎える中、事業の存続に大きな不安を抱えていました。その中で、関西圏でインフルエンザが大流行した2009年に、ある航空会社から「ウイルス対策おしぼり」はないかと問い合わせがありましたが、当時そのような商品はありませんでした。しかしこの出来事をきっかけにWHO(世界保健機関)の推奨する「手指衛生」という概念を知り、おしぼりと新技術を掛け合わせることで、社会の役に立てることができるのではないかと思い始めました。

そして共同研究のきっかけは偶然の出会いでした。当時、東京工業大学の資源化学研究所(現:化学生命科学研究所)と慶應大学の医学部の先生方が、「ポリ酸」という物質の研究をしており、そのポリ酸で研究されていた抗ウイルス作用の活用先としてFSXに声がかかったのです。FSXからはポリ酸を製造工程の中でおしぼりに含有させる技術提供と結果検証のサポートを提供する形で、共同研究が実現しました。この共同研究により、ポリ酸を活用した特許技術『VB(ブイビー:VIRUS BLOCK)』を開発し、特許も取得しました。現在、自社製品はすべてVBを使用して開発を進めています。

このように技術で商品の差別化を図る中で、新しい需要も見えてきました。特許技術であるVBを使用したおしぼりは、病院における手指衛生だけでなく、介護やスポーツでの体のケア、災害時の衛生管理といった領域でも貢献できると考えています。また別の観点での事例として、統計学的なアプローチとICタグ管理を通じた貸しおしぼりの適正在庫を実現するサービスを目指し、東京理科大学と共同研究を行っています。

FSXは、業界にデザインとテクノロジーをもたらし、おしぼりのソフト面・ハード面をともに開発することで、お客様に最高の体験を提供することを目指しています。

手塚(DAC) デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム株式会社(DAC)は、博報堂グループのデジタル領域と、広告マーケティング上のテクノロジー支援を担う会社です。従来の広告は、広告素材を媒体となる企業に送り、一定期間掲載され続けるのが普通でした。しかし近年は、運用成果を見ながら広告の露出量や入札単価を調整するなど、日々細かく運用されるようになりました。広告は「誰に」「どんな内容で」「どれぐらい」配信するのかという最適化が求められるようになったため、データの重要性が非常に高まりました。

DACはインターネット広告の配信システムを運営しているおり、膨大な量のインターネットデータが集まってきます。その中でユーザーの性別、年齢、住んでいる地域などを推定しながら、適切な広告ターゲティングに使用する情報を得るのですが、データ量が膨大すぎたため、精度を担保しつつ高頻度で分析・最適化を運用することがでませんでした。そこで連携したのが、NII(国立情報学研究所)です。NIIの解析技術を用いることで分析の精度を保ちながら高速で処理をすることができるようになりました。

産学連携については、東北大学と連携し、広告配信タイミングの最適化を検討する講義プログラムを立ち上げました。DACとしてデータ提供や講師派遣を行い、学生に最適化のアルゴリズムを提案してもらう中で、事業会社目線でも採用に値すると考えられるようなアイデアも出てきています。また、人材採用において力を入れていたハノイ工科大学と連携し、共同研究を行う拠点としてコラボレーションラボを設立しました。当初は広告配信の最適化を扱っていましたが、博報堂グループとしてマーケティング全般における様々なテーマの共同研究を行うなど、重要性が増しています。自社リソースだけでは対応しきれない領域の補完や競合との差別化だけでなく、共同研究を通じた学生のリクルーティングなど幅広い視点で今後も大学など研究機関との連携を深め、先端的な研究に取り組んでいきたいと考えています。

研究者の目を引く「データの山」。大学側からのアプローチで共同研究が始まるケースも

ー 企業が研究を行う際の選択肢としては、自社での研究開発、もしくは外部機関への委託が一般的かと思います。皆さんの会社ではなぜ、大学との共同研究に至ったのでしょうか?

手塚(DAC) 最も大きい要因は、自社だけで研究を行うことができなかったからです。日々業務を進める中で「こんなことはできないか?」と相談を受けることがあっても、先端的な技術、研究開発をする体制・人材が十分でなく、成果に繋がるか不明確なことに対し、事業会社としてリソースを投下するのは難しい状況でした。

幕田(RIZAP) RIZAPの場合は、当社が保有するデータを扱いたいと大学側からお声かけいただき、共同研究が始まったケースが多いです。RIZAPは1日3食、2ヶ月以上の食事レコードを含む約14万人のダイエットデータを有しており、研究者の方にとっては質・量ともに魅力的なデータだったのだと思います。一方でRIZAPとしても、研究開発を通じてブランドアピールが出来るため、共同研究によってwin-winの関係が築けていると考えています。今では研究開発拠点も設け、積極的に共同研究を推進しています。

田中(Retail AI) Retail AIの場合もRIZAPさんと同じで、企業側から大学側にアプローチしたわけではありません。例えば慶應大学との連携の場合は、慶應大学の学生さんが授業の課題において「Retail AIのデータを使えないか」と先生に相談したところ、こんな面白いデータを持っている会社があるならぜひ一緒に研究したい、という話になったそうです。

藤波(FSX) 東京工業大学・慶應大学との共同研究開始の経緯については先ほど述べたとおり、研究されていた技術を実証できる場としてFSXに声がかかりました。また東京理科大学については、FSXと東京都庁共同での貸しおしぼり工場の管理効率化に取り組みにおいて、連携先を募集したところ応募してくださった大学の1つでした。他の応募と比較し、現場でおしぼりの状況を確認したいという積極的な姿勢や、「ビジネス×テクノロジー」というテーマを重視していることに惹かれ、最終的にお願いすることにしました。自社だけでは出来ない技術を導入できることが会社側の大きなメリットですし、一方で研究者の方にとっては有用なデータ提供元・実証実験の場として、共同研究が有効ではないかと思います。

共同研究成功のカギは「win-winの関係」。綿密な対話を通じてアウトプットイメージを共有

ー 大学との共同研究のメリットはなんでしょうか。また、共同研究を進める上で難しいことがあったという話をよく聞きますが、うまく進めるコツがあれば教えてください。

伊藤(RIZAP) 経営視点でのメリットは、サービスに対する安心感を与える点が大きいと感じています。大学との共同研究による実績の有無が、企業として付加価値向上に取り組む姿勢や、常にサービスの改善を行っていることのアピールになるため、お客様やその他のステークホルダーの事業に対する印象は変わってくると考えています。

幕田(RIZAP) 個別の共同研究を進める上で大事なのは、事業サイドと研究サイドで異なる目線を擦り合わせ、両者がwin-winの関係を作ることです。事業サイドは商品・サービスの開発においてなるべく短い期間で活用したいと考えていますが、研究サイドは知を探求することに主な興味がある場合があります。この異なる目線を擦り合わせるため、仮説ベースであっても「この研究成果を何に使いたいのか?」という最終的なアウトプットイメージを率直に伝え、共有することが重要です。事業サイドの目的と研究サイドの興味がマッチしているときは、研究が成功する傾向にあると感じています。

手塚(DAC) DACのビジネスは、普段マーケティングに触れていない人にとってはわかりにくい面があります。そのため、最も腐心したのはDACの事業内容やマーケティングの仕組みを理解してもらうことでした。理解が不十分だと想定外の方向に研究やワークショップが進んでしまうことがあるので、企業側としても人を派遣して高い頻度でウォッチしており、なおかつビジネスの内容を噛み砕いて伝えるよう努力しています。対話を繰り返しながら、背景知識や目的を共有して、同じ方向に向かっていくことが重要だと思います。

ー 共同研究において、FSXはウイルスというかなり専門的な領域の知識を扱っています。事業会社側の知識が追いつかない、といった難しさがあると思いますが、そこはどのように乗り越えましたか?

藤波(FSX) 全くその通りで、共同研究を開始した当初、当社はウイルスの知識だけでなく、論文発表で用いられるような「実証」や「エビデンス」とは無縁な会社でした。そのため、共同研究を進めていく中で「あんなに勉強したことはない」というほど、必死に勉強しました。結果として学んだのは、共同研究においては、事業会社に研究をビジネスに「翻訳する」のスキルが必要だということです。技術や特許は事業化・収益化されることで役に立つものだと思いますし、私が取り組んだのはまさに技術や特許を事業に結び付ける「翻訳」のための勉強でした。もちろん大変でしたが、それによって研究成果を実践できるビジネスを作れたので、非常に面白かったですね。その後、共同研究の成果が日々の業務に織り込まれ、実践されていくことで、社内にも徐々に知見が蓄積され、共同研究を行うチームが作れるような基礎が自然に固まったと感じています。

ー 研究側でどのような力学が働いているのかを理解した上で、事業側の目的やアウトプットのイメージを共有することが、産学連携・共同研究が成功するためのポイントだと思いました。皆さん、本日はお忙しい中ありがとうございました。

田中晃弘(Teruhiro Tanaka)

株式会社 Retail AI COO

伊藤俊徳(Toshinori Ito)

RIZAP株式会社 経営企画室 室長

幕田純(Jun Makuta)

RIZAP株式会社 スタジオ事業本部 教育開発部 部長

藤波克之(Katsuyuki Fujinami)

FSX株式会社 代表取締役社長 兼 最高経営責任者

手塚圭一(Keichi Tedsuka)

デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム株式会社 執行役員 プロダクト開発本部長