産学連携とオープンイノベーションで日本の科学技術を振興する
日本の経済成長のカギは「縦割り」の打破。オープンイノベーション・スタートアップ政策を進める政府の狙い ~ epiST Summit 2019 fall

2019年10月18日に開催した『epiST Summitビジネス×アカデミアミーティング』では、内閣府 科学技術・イノベーション担当企画官の石井芳明さんより、政府の推進するオープンイノベーションとスタートアップ政策についてご講演いただきました。

石井芳明(Yoshiaki Ishii)

内閣府 科学技術・イノベーション担当企画官

日本の「サイロ」に橋をかける。オープンイノベーションの役割

石井 日本全体の課題として、たくさんの「サイロ」の存在が挙げられます。産業界・行政ともに多くの組織が縦割りで、資源が偏在していることにより、イノベーションが起きにくくなっています。そこで、オープンイノベーションを推進し「サイロ」に橋をかけ、縦割りを打破することが、日本が今後成長していくために非常に重要です。

イノベーションを推進するために政府としてはさまざまな施策を行っており、昨年からは『日本オープンイノベーション大賞』として、成功事例を表彰する取り組みを始めました。第1回で総理大臣賞を受賞したのは、青森県の「寿命革命」プロジェクトです。青森県は、冬の寒さ・積雪から運動量が少ない特徴があり、加えて塩分を多く摂取する食生活のため、平均寿命の短さで知られていました。そこで弘前大学と自治体が連携し、唾液や腸内細菌まで含めた詳細な地域住民の健康診断によって健康状態のデータが集まる環境を構築。集めたデータを匿名化した上でオープンにして、病気の予兆発見・予防方法などを開発するスキームを50以上の企業や研究機関とともに形成し、住民の健康を促す取り組みを行いました。単に経済的な効果のみならず、県民の健康に対する価値観の変化にも貢献した点が評価され、受賞に至った事例です。

この他にもさまざまなプロジェクトが各賞を受賞しました。そして表彰された成功事例には、「1.部門トップがコミットしている」「2.メンバーが熱意を持っている」「3.仕組みづくり(資源配分・意思決定)をしている」この3つの共通点があることがわかりました。オープンイノベーションに携わる方は、トップの意思決定者と早めに話をすることや、現場で熱意を持って動いている人を探すこと、また資源配分や意思決定のプロセスを最初に決めた上でプロジェクトをスタートさせることで、成功する確率は高まるのではないでしょうか。

スタートアップと連携する際に気をつけるべき4つのポイント

石井 オープンイノベーションを進めるにあたり、多くの企業にスタートアップとの連携が求められていますが、その際に大切な考え方を4つご紹介します。

1つ目は、互いをよく知ることです。スタートアップは資金力が限られているため、意思決定のスピードは企業の存続に関わります。大企業はスタートアップの経営資源を浪費してしまうことのないよう、スピード感を持ってプロジェクトを進めることが大事です。

2つ目は、win-winの関係性を構築することです。「自分たちにメリットがあるからやる」のではなく、「自分たちにも相手にもメリットがある」というような、バランスの取れたマインドセットが必要です。一般的に大企業は「相手から最大限メリットを引き出す」方針で交渉をしがちですが、スタートアップにもメリットがある形を組むべきですし、逆にスタートアップ側も「わが社と組むことで大企業にはこういうメリットがあります」と提言ができると、交渉が円滑に進むのではないでしょうか。

3つ目は、リスクを許容することです。スタートアップ投資には、デットファイナンスではなく、エクイティファイナンスのセンスが必要です。日本では「失敗は許されない」という考えが広く浸透していますが、それは貸したお金を返してもらい、利息で儲けるというデットファイナンスの考え方が一般的だからです。しかし私が日米のさまざまなベンチャーキャピタリストにヒアリングしたところ、みな一様に「ホームランが出る割合は10本中1本にも満たない」と答えました。さらに、成功するキャピタリストとそうでない人の違いは、打率ではなくホームランの飛距離であることもわかりました。アメリカで成功しているキャピタリストは、ときに300倍ものリターンを稼ぐのに対し、日本のキャピタリストは成功してもせいぜい2~3倍です。日本企業は、「失敗しないことが求められるデットファイナンスのゲーム」ではなく、「倍率で勝負するエクイティファイナンスのゲーム」としてスタートアップ投資を行う必要があるのです。

4つ目は、成果が出るまで時間がかかることを理解することです。コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)で働く人たちは、事業を始めてまだ数年しか経っていないにも関わらず、上司から成果を問われることに悩んでいるそうです。ところがスタートアップ投資で成果が出始めるまでには、通常5〜10年といった年月がかかります。テクノロジー系の場合は、10〜15年かかるケースも珍しくありません。このような時間の捉え方を理解せずに、スタートアップと良い関係を築くことは難しいでしょう。

各省庁・自治体とスタートアップをマッチングする『内閣府オープンイノベーションチャレンジ』

石井 政府では現在、行政サービスの向上や業務効率化を実現するための取り組みとして、『内閣府オープンイノベーションチャレンジ』という公募事業を行っています。各省庁や自治体が提示する課題を解決してくれるスタートアップや、大企業から連携してくれるチームを募集するものです。産業界だけでなく行政においても新技術・新サービスの導入が必要となる一方で、サービス提供者との連携やサービス試行する機会は少なく、スタートアップにおいても、省庁や自治体に新技術やサービスを提案する機会は限られていました。行政の課題は多岐にわたります。例えば、消防庁は緊急搬送の優先順位を的確に決める仕組みを求めています。また現場の消防士は、日本家屋の中で火事が燃え広がる一因となる布団の燃焼を抑えるために、「燃えない布団」を求めています。またある自治体では、渡り鳥が飛来するため毎年数千万円という費用をかけて糞を掃除しており、例えばドローンで渡り鳥を誘導することはできないかと検討しています。2017年に試行的に取り組んだ際には、募集をスタートアップに限っていたために、募集後の社会実装がなかなか進みにくい側面がありました。そのため今回は大学の研究者ももちろん、大企業も参加できるように変更しております。行政サービスにおいてもオープンイノベーションを推進する取り組みを行っていきますので、ぜひ興味をお持ちいただき、政府のプロジェクトに関与してほしいと思います。

『スタートアップ・エコシステム拠点形成戦略』が目指す、イノベーションが生まれる都市づくり

石井 日本のスタートアップは今、非常に良い環境にあります。CVCなどを通じてスタートアップ企業への投資に関与する大企業が増え、大型のファイナンスが目立つようになりました。スタートアップ投資額は、ボトムの時期の約5倍となる、年間約4,000億にも上ります。ただ諸外国に比べると、まだ盛り上がりが弱いのが実情です。原因の1つは、起業に興味のある人が少ないことです。グローバル・アントレナーシップ・モニター調査によると、日本の「起業無関心層」は7割に上ることが示されています。これを受けて政府としては、文科省と連携して子ども向けの起業家教育を推進したり、経産省とともにスタートアップと組む大企業を応援する取り組みを検討しています。

また、『スタートアップ・エコシステム拠点形成戦略』として、世界と伍するスタートアップ・エコシステム拠点となる「都市」を構築するプロジェクトを進めています。近年の成長著しいスタートアップは、人が集まる都市部で生まれる傾向にあります。アメリカのユニコーンの8割はシリコンバレーやボストン発ですし、イギリスであればロンドン、中国であれば上海が成長企業の創出拠点です。世界的な人材獲得、資金獲得競争に勝てるよう、日本の都市をスタートアップにとって魅力的な都市にすることを目指しています。

また大学の技術をグローバル展開することも大事です。日本の大学には、世界を圧倒するような技術が数多く眠っています。しかし、基礎的な特許を取ったり、経営人材を育てたり、アクセラレータを強化したりといった、事業を立ち上げる部分の取り組みがまだ弱いのが現状です。政府としては大学と外部との連携を促すべく、人材の流動性を高めるようなモデル事業を作ることで、組織の縦割りを打破する動きを率先していきたいと考えています。

政府のオープンイノベーション施策に対する要望がございましたら、ぜひ遠慮なく仰ってください。皆さんの挑戦を心から応援しています。

石井芳明(Yoshiaki Ishii)

内閣府 科学技術・イノベーション担当企画官