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今注目の大学発ベンチャー3社に聞いた研究者が大学で起業するメリット・デメリット ~ epiST Summit 2019 fall

2019年10月18日に開催し、オープンイノベーションを目指す企業や研究者などのさまざまな大学発ベンチャー関係者が参加した『epiST Summit ビジネス×アカデミアミーティング』。今注目の大学発ベンチャー3社にご登壇いただき、研究者が大学で起業することのメリット・デメリットをテーマにパネルディスカッションを行いました。

松原仁(Hitoshi Matsubara)

株式会社未来シェア 代表取締役社長、公立はこだて未来大学 副理事長

西田亮介(Nishida Ryosuke)

株式会社チトセロボティクス 代表取締役社長

田原栄俊氏(Tahara Hidetoshi)

株式会社ミルテル 取締役会長、広島大学 副理事(産学連携)・大学院医系科学研究科 教授

社会を変えるべく、大学で起業した研究者たち

ー 今注目の大学発ベンチャー3社の皆様にご登壇いただき、パネルディスカッションを進めていきたいと思います。まず、各社の事業内容を教えてください。

松原 私は学生時代から40年ほど人工知能の研究に携わっており、現在は公立はこだて未来大学で研究者をしています。研究活動と並行して、AIを使った公共交通の配車アルゴリズムを提供する株式会社未来シェアを2016年7月に起業しました。

地方では公共交通が疲弊しており、高齢者による運転や交通弱者の問題が顕在化しています。そうした課題を解決するべく、「バスよりも便利で、タクシーよりも安い公共交通」を目指して、乗合システム『SAVSクラウド』を開発しました。すでに鹿児島県など一部地域では実運用を開始しています。

配車アルゴリズムを提供する有名企業は他にもありますが、全国数十か所で実証実験を行ってきた経験が未来シェアの強みです。実証実験の経験から想定される諸問題へ柔軟かつ迅速に対応できるため、他社と比較して導入のハードルが低くなっています。

未来シェアが目指すのは、人も物も気軽に移動できる「移動のインターネット」です。AI技術を活用し、町全体の交通の最適化に取り組んでいきます。

西田 私は株式会社チトセロボティクスで代表取締役社長をしていますが、一方で立命館大学大学院博士後期課程にも在籍中です。技術経営、ロボット運動制御、画像認識を専門としています。

学部時代に起業を3度経験し、修士課程卒業後はリクルートでアプリ開発を2年半経験しました。その後、再びロボットに携わるべく大学に戻り、制御理論をパッケージにしたソフトウェアのライセンス販売を行う株式会社チトセロボティクスを2018年3月に創業しました。

通常、ロボットを作る際は制御プログラムが膨大になるため、ロボットの価格は高く、納期も長くなります。その課題を解決するためチトセロボティクスでは『ALGoZa』を開発し、ロボットの立ち上げ作業が不要とすることで、人の手間が大幅に減らし、ロボットの量産を可能にしています。

当社は「社会課題をロボット技術で解決する」をミッションとしています。私たちの技術は食や物流、組み立てといった、これまで自動化が困難と言われていた領域を支えていきたいと考えています。

田原 私は「病気で手遅れになる人を減らしたい」との思いのもと株式会社ミルテルを2012年9月に創業し、自身の専門分野である「細胞分子生物学」の研究成果を活用した『ミルテル検査』を開発しました。病気になる前の「未病」の状態を検出することで疾患の予防につなげる検査『テロメアテスト』、がんやアルツハイマー型認知症などの疾患の早期発見を行う検査『ミアテスト』を提供しています。

ミルテルの開発した検査では、血液検査から遺伝子情報を解析することによって、病気になる前の状態の「疾患リスク」を知ることができます。また、すでに病気になってしまった場合でも、ガン細胞から出ているマイクロRNAを超早期に発見することで、従来の「早期発見」からさらに一歩先を行く「ステージ0」レベルでの発見を可能にしています。

当社の取り組みはダボス会議で紹介されるなど、グローバルに認知されるようになってきました。高齢化社会における健康寿命の延伸や、社会の負担する医療費抑制に貢献していきたいと思っています。

「冬の時代」を乗り越えて、急増する大学発ベンチャー

ー 大学発ベンチャーの設立数は長く低迷が続いていましたが、今は政府や大学の後押しもあり、2015年からは年間150社以上もの大学発ベンチャーが生まれています。皆様は周囲を見て、大学での起業は増えていると感じますか?

松原 増えていると思います。ただ、AIの場合は大学側の取り組みの変化というよりも、AIの技術がビジネスで活用可能なレベルに達したことが大きいと思います。大学発ベンチャーの設立数が低迷していた2010年前後を過ぎてから大学発ベンチャーの設立数は大きく増えていますが、この波はAIブームとも同期しています。現在もディープラーニングを中心とした機械学習の技術の進歩に伴い、AIベンチャーの立ち上げは増え続けています。

田原 広島大学でも大学発ベンチャーの数は増えています。大学のサポートは知財面が特に充実してきていますね。ただ資金を出すわけではありませんので、知財や人のネットワーキングにおけるサポートが、大学発ベンチャーに対する大学側の主な役割になっています。

ー 西田社長は現在28歳とお若いですが、最近西田社長のように若い研究者がスタートアップを立ち上げ、技術顧問という形で教授が配置される事例をよく見かけます。チトセロボティクスも取締役に大学教授が名を連ねていますが、今のチーム体制になったのはどのような経緯だったのでしょうか?

西田 私が以前から研究していた制御理論をコアとした技術で起業しようと思い、いま副社長をしてもらっている河村教授に相談に行ったところ、「君はまだ研究しきっていないから、ちゃんと論文を書きなさい」と言われ、そのまま博士課程に入ることになりました。それから博士課程に在籍しながら半年かけて事業プランを考え、起業に際して先生を担ぎ出したという流れです。先生に役員になってもらったのは、他の大学発ベンチャーで、当時の株式会社三次元メディア(現:Kyoto Robotics株式会社)のように、その分野の第一線の研究者が入っている大学発ベンチャーの方が生き残っている印象があったためです。

大学研究者による“無償”の技術サポートが得られる

ー 皆さんが考える大学発ベンチャーのメリットはなんでしょうか?

西田 第一線の研究者に技術的なサポートが得られることです。例えば立命館大学のロボティクス学科には、専門分野が少しずつ異なるロボットの先生がたくさんいます。その先生たちのところに私が考えたアルゴリズムを持っていくと、様々な意見が得られて、理論のブラッシュアップをしてもらえます。会社は東京を本拠にしていましたが、授業のために滋賀の立命館大学に行く傍ら、意見を求めて研究室巡りをしていました。

松原 私の会社ではAIを利用した配車アルゴリズムを扱っていますが、事業に必要な研究を大学の研究として行うことができます。例えば、自動運転が導入された場合や、人だけでなく荷物も一緒に運ぶ場合など、それぞれのケースにおいてどんなアルゴリズムが最適なのかを知りたいとき、自分以外の研究者に相談を持ちかけると一緒にその研究をしてくれます。

大学発ベンチャーのもう1つの良い点は、名刺を2枚持てることです。「未来シェア」という会社名だけを名乗るよりも、大学教授であることも伝えた方が、話を聞いてもらえます。信用がないと商談にも辿り着けませんから、大きなメリットだと思いますね。

「ビジネスで使えるの?」簡単ではない、社会的信用の獲得

ー 大学発ベンチャーゆえの苦労を経験したことはありますか? 例えば、教授が代表取締役になれる大学となれない大学があるなど、異なるルールが存在すると聞きました。それ以外にも苦労したことがあれば教えてください。

田原 広島大学では、教員は代表取締役になれます。利益相反には気をつけなくてはなりませんが、それさえきちんと対応していれば特に何か言われることはありません。他に苦労といえば、時間が足りないことですね。きちんと時間を切り分けて研究者と会社経営を行いますが、一方で時間が増えるわけではないので、必然的に忙しく、時間が足りなくなります。

松原 仕事の依頼を「会社として受けるべきか、大学の研究者として受けるべきか」の切り分けは苦労します。例えば依頼のあった地域が、数台しかタクシーが走っていないような過疎地の場合。会社の事業という視点に立つと、採算ラインを大幅に割ることになりますので、引き受けることは難しいです。一方で大学の視点に立つと、地方の公立大学にとって地域貢献は重要なミッションであり、簡単には断れません。こういったケースでは公的資金の獲得などにより対応しています。

西田 大学名によって会社の信用が担保されるケースもあるようですが、私の場合はお客様に大学発であることを伝えていません。ロボティクスの分野に特徴的なことかも知れませんが、大学発ベンチャーであることを言うと、「研究室の実証実験の一環ではないか」「実験レベルで実務に耐えられないのではないか」と受け止められてしまうからです。あくまでビジネスとして商談を持ちかけているので、ネガティブなイメージを持たれるくらいなら、あえて「大学発」であることを伝える必要はないと考えています。

松原 似たようなことが未来シェアでもあります。「有名企業ではなく、地方大学発のベンチャーが作ったアルゴリズムが信用に値するのか?」という空気をお客様から感じることがあります。当社の場合は大手メーカーとの取引実績で信用を担保していますが、「大学発」であることがどんな場面でもプラスに働くわけではないように思いますね。

起業で大切なのは「強い意志」と「人のつながり」

ー 最後に、起業を目指す研究者の皆さんに応援メッセージをお願いします。

田原 私は起業と同時に何千万円もの借金をし、事業計画もない中でビジネスを始めてしまった経緯があります。当時、資金調達の方法などを教えてくれる人は誰もいませんでした。今は政府や大学などのサポートを受けやすくなっていますが、こんな自分でも生き残ってこれたのは、良い人たちとのつながりがあったからだと思っています。

皆さんにお伝えしたいのは、何かを目指すという強い意志を持つことと、ともに歩む仲間を決めてから計画を進めてほしいということです。起業したあとは非常に大変ですが、同じ夢を追いかける仲間がいればきっと乗り越えられます。「未来を変えるんだ」という強い意思を持って、ぜひ挑戦してほしいです。

西田 業界的には追い風が吹いており、資金調達がしやすい環境になっています。しかし、資金を出してくれる人が本当に研究の価値をわかってくれているかというと、そこは疑問符がつくことがあります。そのため、出資者に事業を左右されないようできるだけ自己資金を用意し、可能な限り自分たちで会社を保有することが、研究者の起業における大事なポイントだと思います。

松原 私は起業して人生が大きく広がりました。もし研究者だけをずっと続けていたら、絶対会わなかったであろう人とも接することになります。何より様々な体験ができ、日々面白いです。研究者として専門分野を極めるのも良いですが、幅広く豊かな人生を送る上で、起業はぜひおすすめしたいですね。

ー 経験に基づく貴重なお言葉をいただきました。皆様、本日はお忙しい中ありがとうございました。

松原仁(Hitoshi Matsubara)

株式会社未来シェア 代表取締役社長、公立はこだて未来大学 副理事長

西田亮介(Nishida Ryosuke)

株式会社チトセロボティクス 代表取締役社長

田原栄俊氏(Tahara Hidetoshi)

株式会社ミルテル 取締役会長、広島大学 副理事(産学連携)・大学院医系科学研究科 教授