株式会社TOWINGは、環境に配慮した人工土壌「高機能ソイル」を活用した次世代の作物栽培システム「宙農(そらのう)」を開発・販売する名古屋大学発ベンチャーです。人工土壌の技術をベースとし、地球上における循環型農業の発展と、超循環型農業として宇宙での作物栽培実現を目指しています。本記事では大学発ベンチャーとしての強みや、技術の社会実装にかける想いを伺いました。
西田 宏平(Kohei Nishida)
株式会社TOWING 代表取締役CEO
この記事の目次
食料難と環境問題、両者を解決する持続可能性の高い農業システムの提供 高機能ソイルが宇宙と結びつくことで生まれた「超循環型農業」というカタチ アカデミアの技術を翻訳し、農家の知見と結びつける橋渡し役を担うことで、研究シーズの社会実装を加速させる食料難と環境問題、両者を解決する持続可能性の高い農業システムの提供
― まずTOWINGとはどのような会社か教えてください。
西田
土壌の中で有機肥料を分解する微生物の菌叢を人工的に再現できる「高機能ソイル」を提供しています。バクテリアや藻類といった微生物、その微生物が好む細かな穴が多い植物炭やセラミック(多孔体)、有機肥料、3つの要素を組み合わせています。この最適な組み合わせで栽培システムを作り、農家が有機肥料のみを活用した栽培を効率的に、持続可能性を持って実現できるツールとして利用していただいています。また同時に、そうして栽培した農産物の販路設計サポートについても支援しています。
農業は、実は環境破壊産業であると言われることもあるほど環境負荷が高いです。現在の農業で主に使用されている化学肥料は、植物が吸収する栄養素を直で供給できるため、非常に使い勝手が良い一方で、有限な化石燃料を材料に生産されていたり、土壌微生物の活性を間接的に落としてしまったりと、サステナブルとは言いづらいです。それに対して当社の高機能ソイルは、数年もかかるような有機栽培に適した土壌作りを大幅に短縮し、かつ有機肥料の効きも良い高効率な栽培システムです。高効率の栽培システムと有機栽培に関するサポートを提供することで、多くの農家さんの有機肥料のみを活用した栽培への転換と収益向上を後押しし、より大きな目線では食糧難と環境問題、両方の解決を後押ししていきたいと考えています。
― 微生物の菌叢を人工的に再現するには微生物を定着させる技術がカギになると思いますが、技術で特徴的な点は何でしょうか?
西田
高機能ソイルに用いている技術はもともと国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)が開発したもので、会社のメンバーも、大学で土壌の研究をしていたメンバーが中心となっています。開発者の教え子にあたるメンバーもいます。技術を簡単に言えば、微生物にとって良い環境を整え、良い微生物が増えるように促すようなイメージです。微生物にも衣食住があります。微生物にとっての「食」とは有機肥料のことで、適切な種類の肥料を、適切な量・タイミングで与えることで、微生物が元気に働いてくれるため、システムとして設計する必要があります。次に、「住」としては多孔体というものを取り扱っています。微生物の棲み処として、穴の数や粒の大きさなどを良い状態に整える必要があります。
化学肥料は植物の変化に対して適切な成分を素早く提供できるので「葉が黄色くなってしまったらこの肥料を捲けば数日で回復する」という管理が経験則からできますが、有機肥料は施肥が効果を発揮する、いわゆる「効き」が悪く、化学肥料のような即効性はあまり期待できません。それに対して、当社の提供している高機能ソイルでは、一般的な土壌と比べて有機肥料の分解効率が30倍というデータがとれており、有機肥料でもコントロールしやすく、計画的に高効率で栽培できるようなシステムに転換できます。
― 微生物の環境制御技術との出会いは何ですか?
西田
名古屋大学と農研機構が共同プロジェクトを実施しており、そのプロジェクトに参加していた研究室に、私が所属していたところが発端です。またそれとは別に、東海地区5大学※による起業家育成プロジェクトであるTongaliスクール に参加しており、チームを組んでその技術の社会実装を目指していました。
当然ですが農業は、土壌だけでは十分に機能しません。そのため研究室では、土壌に限らず、水やりの量をコントロールするための装置など、植物の生育に関して幅広く研究が行われていて、当時は土壌と水を組み合わせをシステムとして提供するような形での社会実装を模索していました。
*東海地区国立5大学(東海地区産学連携大学コンソーシアム):名古屋大学、豊橋技術科学大学、名古屋工業大学、岐阜大学、三重大学
高機能ソイルが宇宙と結びつくことで生まれた「超循環型農業」というカタチ
― TOWINGでは地上での農業だけでなく、宇宙での農業という特徴的な栽培システム「宙農(そらのう)」を掲げていらっしゃいますが、名古屋大学での研究は、当初から宇宙もキーワードとして掲げられていたのでしょうか?
西田
いまは宇宙での応用を視野にいれた技術開発もカバー範囲になっていますが、当時の我々は地球上、主にベランダでの栽培などスケールの小さな対象を扱っていました。それ以前から宇宙での応用というのも、個人的に興味がある分野ではあったのですが、明確に意識したきっかけは、Tongaliスクールでの課題として「火星に人間が住むようになった場合のビジネス」というテーマが与えられ、具体的な構想を練ったことです。その後、宇宙という制約の厳しい環境にも耐えられる農業は、地球上で行う農業でも、高い環境貢献度と持続可能性を持っているのではないかと考えました。
加えて社会的な背景として、宇宙航空研究開発機構(JAXA)による月面基地建設構想や、宇宙に軸足を置いたスタートアップ企業の登場など、宇宙に関する具体的な動きに注目が集まる状況になってきました。当社も宇宙開発利用加速化戦略プログラム(スターダストプログラム)や一般社団法人 SPACE FOODSPHERE(スペースフードスフィア)に参画させていただき、予算を得ながら月や火星の砂を使用した作物の栽培に挑戦しています。
― 宇宙での実装に必要なポイントは何ですか?
西田
1つ目は「現地調達」、2つ目は「現地循環」で、この二点が非常に重要になります。月への物資運搬には莫大なコストがかかるため、現地調達が望ましいです。月には微生物がほぼいないと言われているので、微生物は地球から送り込む必要がありますが、その他の資材、土の材料になる多孔体などは現地で調達することができます。また有機肥料や現地での循環に関しては、その場で生活する宇宙飛行士の糞尿などが候補となります。
実はこれらの特徴を持つ栽培システムは、地球上ではとても環境貢献度と持続可能性の高い有機栽培を実現できます。土や火星で超循環型農業の栽培ができれば、地球上の農業に適さないやせた土地などでも同様に栽培できるはずです。また循環型の栽培システムは周囲の環境への負荷を抑えられるため、地球の環境問題にも役立つと考えました。
アカデミアの技術を翻訳し、農家の知見と結びつける橋渡し役を担うことで、研究シーズの社会実装を加速させる
― アカデミア発の技術だから、アカデミア発のスタートアップだから、実現できたことや強みは何かありますか?
西田
チーム内のメンバーが学術的なバックグラウンドを持っていることに加え、チーム外にも多方面から技術的な知見・アドバイスを得やすい環境が整っていると考えています。名古屋大学発ベンチャーであり、Tongaliスクールにも参加していたことから、名古屋大学だけでなく東海地区国立5大学など関連する大学研究者とのネットワークがあります。土壌に関しては現在も経営陣メンバーとして私の弟が博士課程に在学して研究を続けていますし、他にも土壌研究を行っていたメンバーがいます。それに加えて周辺技術でアドバイスをいただくことが多いです。
例えば当社は、センシングのためにガスクロマトグラフィーを使用します。普通の企業であれば、専門の卸商社などから一般に高額な装置をレンタルして、業者のサポートを受けながら使用していくことになると思います。しかし大学内には研究に関連してガスクロマトグラフィーを使っている先生がいて協力を仰げるので、お試しで貸していただくこともありますし、完成した機器を購入するのではなく、部品を購入して安上がりに自作する方法を教えていただいたこともあります。一般には月額数十万円かかるところ、初期数万円だけで自作してしまうイメージです。他にも、栽培や生育に関する技術だけでなく、環境負荷の評価もライフサイクルアセスメント(LCA)などアカデミアで体系化された知見でカバーすることができるので、それら多方面の技術・ノウハウを持っているということは他社にない強みなのではないかと思います。
また学会参加や学内での交流を通じて、アカデミアには有望な研究シーズがたくさん眠っていて、それに出会う機会が多いのも魅力だと思います。研究されてきた知見や技術シーズを翻訳して世に出していく社会実装や、研究者と社会の橋渡し役ができればと考えています。我々にとっては高機能ソイルがその第一歩です。やはりアカデミアの技術は、そのままでは栽培現場に活かせない場合もあるため、農家側にとっても導入しやすい一方で技術力が十分に発揮されるようバランスをとる必要があり、その仲介役を我々が担っていければと思います。現在進めている苗・栽培ユニットの開発プロジェクトでは、バイオスティミュラントなど新しい資材・技術として注目されているものを積極的に導入しつつも、我々がきちんとかみ砕いて応用することで、農家さんにとって使いやすく高効率に栽培できるような商品の開発を目指しています。
― アカデミアと現場のギャップを仲介する、というお話がありましたが、これまで提供してきたプロダクトに関して、当初想定とのギャップや農家の方からの反応を教えてください。
西田
農家さんはやはり栽培のプロなので、実際に当社の商品を使ってもらってフィードバックをもらうことは、何より役に立っている実感があります。農家の方は目に見える植物の変化(葉の色の変化や生育の悪さ/良さなど)にはやはり敏感で経験・知見も深く、「植物と会話する」というのは本当のことなのだと感じます。一方で目に見えない土壌に関しては経験則の部分が多いと感じています。特にコントロールしにくい有機肥料を扱うと途端に扱うことのできる方が少なくなるという印象です。
我々の技術は、有機肥料を高効率で分解する「土壌」に関わるものなので、理論的にはどんな作物にも共通してメリットとなり、当初はどんな作物にも有効だと考えていました。農業にしっかりとしたサイエンスを導入することで、収益向上に貢献したいという想いがありますが、始めた当初は、話を農家さんに持っていくと9割は拒否反応を示されて怒られる、「絶対やらない」と突き返される、という状況でした。農業はそれぞれの文化を反映している側面がありますし、加えて有機栽培の場合は自分なりの哲学で取り組まれている方も多くいらっしゃるため、広く共感を得ることができませんでした。しかしそのような状況も、私が着想した当初からの4年ほどでかなり変化があるかと思います。農業法人などが取り上げられ、効率的な農業や集約管理、野菜の付加価値向上など、農業におけるイノベーションや技術に対する知識・理解が高まるにつれ、土壌分析や土づくりなどに対する注目が高まっていると考えています。例えば土を調べて窒素が不足しているので肥料を足そう、といった土壌の見える化も進んでいるので、我々の技術に対する態度も「一度試してみようか」という接し方をされる方が増えていると感じています。
― 将来提供していくプロダクト・構想として、いま進捗していることは何でしょうか。
西田
まず自社農園での苗・栽培システムの開発が挙げられます。高機能ソイルの栽培システムとしての付加価値を高めるため、バイオスティミュラントを含む先進的で有用な技術を組み合わせる取り組みをしています。
それと並行して、根菜・葉菜・果菜など、作物の種類に最適化した栽培ユニットの開発も行っており、今後は実際に農家の方に育てていただき普及させていくフェーズに入っていければと思います。
また別途「宙(ソラ)ベジ」というプロジェクトを7月から立ち上げようとしており、当社の高機能ソイルで育てた作物の販路設計にコミットしていく取り組みを計画しています。背景として、持続可能な農業には消費者側の理解が非常に重要であるためです。どうしても野菜は価格で選ばれる側面があります。農家側としていくら環境貢献度が高い作物を提供しても、安さを第一にそれ以外の作物が選ばれるなら、栽培を続けていくことができません。「食べれば食べるほどサステナブル」という価値観を広く消費者に理解いただき、良い農産物を相応の値段で受け入れてくれる消費者を増やしていく必要があります。そのため理解度向上に向けた取り組みや、卸・小売事業者でそのような価値観に共感していただける企業との連携といった仕組みづくりを推進します。
もちろん宇宙への挑戦も継続していて、スターダストプログラムやスペースフードスフィアで現在進行形のプロジェクトを通じて、宇宙での栽培技術も磨いています。
― 多方面で非常に難易度の高い課題にアプローチされていますが、今後、どのような会社を目指していきたいとか、チームの雰囲気などについて教えてください。
西田
私の祖父が農家だったこともあり、私自身も農業に対する想いは持っているつもりですが、私以上に、会社に参加してくれているメンバーの一人ひとりが農業に対する熱い想いを持ってプロジェクトに取り組んでくれています。また社外では、当社のプロジェクトを導入していただいている農家さんを「宙農家(ソラノウカ)さん」と呼び、パートナーとして環境貢献度の高い農業普及を目指しています。そのため社長として、社内のメンバーだけでなく、社外でも関わっていただいた方すべてが生き生きと働けるような会社にしていきたいと思います。
また今後は、技術だけではなくビジネス面、つまり環境貢献度の高い農作物を栽培する農家さんを増やす、消費者を増やす、事業開発が重要になってくるかと思います。そのようなプロジェクトを進めていく上では、やはり農業に対する熱い志がカギになると思います。そしてゆくゆくは、東南アジアをはじめ海外に進出して、土壌の質が悪いために農業が普及していない地域でも育つ栽培システムとして、広く食糧問題や地球環境に貢献できればと考えています。月面基地建設構想などが具体化するならば、もちろん宇宙での農業も実現したい目標です。
― 宇宙という着眼点も独創的ですが、農業分野におけるアカデミア技術シーズの社会実装を担う、という姿勢に、ビジネス面の可能性や社会的な価値を感じました。ありがとうございました。
※株式会社TOWINGでは一緒に農業の未来を切り開いていく仲間を募集しています。詳細は同社HPをご参照ください。
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