産学連携とオープンイノベーションで日本の科学技術を振興する
「ロボットが家族の一員として人間と共存していく」田向研究室とHibikino-Musashi@Homeが目指す、人とロボットが一緒に暮らす未来の空間

九州工業大学 大学院生命体工学研究科 人間知能システム工学専攻の田向研究室では、人間や生き物のように自分で考えて行動できる「未来の脳型計算機」の実現を目指して、ハードウェアとソフトウェアの両面から研究に取り組んでいます。自動車・ロボットを中心とする企業との産学連携や、人間とロボットが共存する未来の空間に向けた取り組みについて伺いました。

田向 権(Hakaru Tamukoh)

九州工業大学 大学院生命体工学研究科 人間知能システム工学専攻 教授

水谷 彰伸(Akinobu Mizutani)

九州工業大学大学院 生命体工学研究科 生命体工学専攻
Hibikino-Musashi@Homeクラウドファンディングプロジェクト代表

村岡 武蔵(Takezo Muraoka)

九州工業大学大学院 工学府 工学専攻 建築学コース 建築デザイン研究室所属

人間のように自ら考え行動できるロボットの実現を目指し、モノの中に組み込むAIチップを研究

― まず田向研究室の研究テーマや取り組みについて教えてください。

田向 一言で言えば、モノの中に組み込むAIを研究しています。組み込む対象は、ホームサービスロボットと自動車(自動運転)が主な領域です。内容としては大きく3本の柱があり、1つ目が、半導体を含むコンピュータシステムの設計。2つ目が、AIの理論・アルゴリズムの研究。3つ目が、それらの実装と評価を行う研究になります。

現在のトレンドで単に「AI」と言えば、一般に想起される領域としては、クラウド側で処理される写真・テキストの生成AIかと思います。それに対して私たちが研究しているのは、ロボットなど個々の機械に組み込む知能ソフトウェア、いわゆるエッジ側で動作するエッジAIです。さらにソフトウェアの研究だけでなく、ハードウェアとも連携させることで、低消費電力で効率的に、またロボットがネットワークから切り離されても自律的に活動できる、脳型計算機の供給を目指しています。

― エッジAIが発展していく上での現在の課題や、ボトルネックになっている事象について教えてください。

田向 ロボットの頭脳に当たるエッジAIは、現在のところ産業的に絶対的な勝者はいませんし、研究分野としても未踏の領域が多数あり、非常にやりがいがある領域です。 課題として、ひとつはメモリの技術的な問題が挙げられます。USBメモリのような記憶媒体は、不揮発性と言われ電源を落としてもデータを保持しておくことができます。一方で今のコンピュータに搭載されて演算処理をするメモリは、揮発性と言われる、電源を落とすとデータが消えてしまう性質のものです。このコンピュータで不揮発な計算処理ができるようになると、頻繁に電源を切って電力消費を減らすことができるので、消費電力が大幅に下がると言われています。我々人間の脳も、起きている間は常にフル稼働している訳ではなく、適宜休んだり、処理をする領域が変わったりしているので、その働きを真似るようなメモリの仕組みが技術的に実現できれば理想です。

もうひとつがアーキテクチャ、設計の問題です。汎用的な処理が可能なノイマン型計算機は、データの転送や演算処理の効率が悪くなります。一方で、GPUのように専用処理を行うチップを使用すると、処理速度は改善しますが汎用性が失われ、様々な要求に対応することができません。そのトレードオフ関係を解消する、「書き換え可能な半導体」のようなものを開発する必要があると考えています。

田向研究室ではその両方にアプローチしていて、メモリとアーキテクチャの両方についてハードウェアの設計を含めた研究を進めています。

― 産学連携や外部予算のプロジェクトなど、社会実装に向けた取り組みについて教えてください。

田向 研究内容である、モノに組み込むAIに興味を持ってくれている自動車やロボット関連の企業とは長くお付き合いがあり、多くの共同研究を実施しています。

例えばトヨタ自動車株式会社の東富士研究所との産学連携では、不整地環境(オフロード)を走るための自動運転システムの開発を行っていました。今年、IEEE IVという自動運転関連でトップの国際学会に採択され、6月に発表を予定しています。またロボット関連の企業とは、家庭内での自立生活をアシストするお片付けロボット・ウエイターロボットなどの開発、他にも産業用ロボットを農業・食品業界での利用に応用する研究などを行っています。

その他の外部予算プロジェクトとしては、大規模なものとしてNEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の脳型チップの実用化を目指すプロジェクトも推進しています。九州工業大学を主幹として、大学や企業など十数の研究機関が参加する、2022年度から6年間、年間予算6億円の国家プロジェクトです。

― 企業などと連携する際に、難しいと感じていることや期待していることはありますか?

田向 企業との共同研究は数多く行ってきましたし、分野としても社会実装に近いところでの活動が中心です。そうした経験に加え、お付き合いのある企業は、先方からこちらの技術に興味を持ってアプローチしていただいているので、やりにくさは感じていません。

期待していること、もしくは産学連携の大きなメリットと感じているところでは、大学の研究室では実現できない環境で研究できることです。例えば先述のトヨタ自動車との共同研究では、不整地の自動運転システムをテストするために山を切り開いてコースを作るなど、非常に恵まれた環境を提供していただきました。ロボットに関する共同研究でも、プログラムの実装に使う機材は、通常ルートで購入すれば1千万円以上はするようなものも、共同研究契約の範疇で、無償で使わせていただいています。試行的・小規模なR&Dプロジェクトという枠を超え、事業部レベルで本気で産学連携に取り組んでいただけている企業が増えれば、研究が大幅にグレードアップし、アカデミアだけでなく企業側からも、日本の技術力が発展していくのではないかと思います。

ホームサービスロボット開発と建築デザイン。異分野だと思っていた領域との交流で見えた未来のカタチ

― Hibikino-Musashi@Home(以下、HMA)について教えてください。

水谷 九州工業大学と北九州市立大学の学生が集まって構成されている、学生の研究プロジェクトチームです。大学や専門の壁を越えて、人間の生活を支援するホームサービスロボットの開発に取り組んでいます。自身の研究分野と合致している、もしくは周辺分野として関連する研究を行っている大学院生などが主なメンバーで、教員として田向先生にもご指導いただいています。

チームの大きな目標として、毎年2つの大きな競技大会、国内大会と世界大会に出場しています。世界大会は概ね7月頃に行われますが、国内大会は年によって時期が異なります。大会日程が決まったら、競技会に向けて工数を見積もり、スケジュールを立てて開発を行って行きます。その他には、不定期ですが、地域のイベントなどにも参加しています。例えば最近、九州工業大学のそばにある折尾駅のリニューアルで新駅舎の供用が開始された際に、設立されたまちづくりセンターの開所式でロボットのデモを行いました。また近隣の小学生向けロボットの見学会・体験学習や、福岡市科学館での展示、居酒屋にロボットを持ち込んで日本酒の配膳作業をする展示など、1年中アクティブに活動しています。

― 現在、クラウドファンディングのプロジェクトが進行中ですね。このプロジェクトが立ち上がったきっかけを教えてください。

水谷 九州工業大学の中で、ニューロモルフィックAIハードウェア研究センターの改装プロジェクトがあり、センターのデザインを担当していた建設社会工学科のメンバーと合同で開かれたワークショップに参加した経験がきっかけになりました。

ロボット工学が専門の自分にとって、建築デザインは未知の世界で、自分の研究やHMAの活動とはまったく関連がない分野だと考えていました。しかし話を聞いていくうちに、普段何気なく私たちが暮らしている空間は、非常に慎重にデザインされていることに気付かされました。例えば私が感じる「部屋の違和感」についても、建設社会工学科のメンバーは「この椅子と机の配色が合っていないから違和感がある」「カウンターの高さを数cmだけ下げた方が使いやすくなる」などと明確に言語化して指摘することができ、建築デザイン分野の奥深さを感じました。
そこで翻って、ロボットが動く空間について配慮が足りていなかったということに思い当たりました。それまでは競技会の要件に従ってモノの大きさや配置を決めていましたが、我々が目指しているのは人間の生活をサポートするロボットなので、ロボットの活動する空間は人間にとっても快適なものでなければなりません。ロボットの活動と人間の快適さの両立を目指し、そのための開発環境を準備しようというのが今回のプロジェクトです。

プロジェクトとしてはまだフロアのデザインを検討している段階ですし、デザインした空間が出来上がってからがロボット開発のスタートになるので、現時点では成果目標についてかなり挑戦的な部分があります。そこでクラウドファンディングという形で皆様にご支援をお願いしている、という経緯です。同時に、私たちの作るロボットや活動について広く知っていただきたいという側面もあります。現在、家庭内のロボットと言えばお掃除ロボット程度で、人間とコミュニケーションができ、指示を理解し、モノを受け渡しするような知能ロボットは、まだまだ認知度が低い現状があります。このプロジェクトを通じて、多くの方々にホームサービスロボットを知っていただき、そうしたロボットの未来について少しでも興味を持っていただければ、という想いから、このプロジェクトを立ち上げました。

― 今の水谷さんのお話はロボットを専門とする立場でしたが、デザインを専門とする村岡さんの立場から、交流して感じたことや得た知見はありますか?

村岡 建築デザインで念頭に置くのは、そこで暮らす人間にとって空間が快適であることです。例えば、配色や机の高さなどは、人の認知、人のサイズに合わせてデザインします。一方でロボットになると、サイズが人間と異なるだけでなく、色やモノの配置など空間・状況の認知がまったく異なるプロセスになります。そういった差異は、考えていて面白い部分でもあるし、難しい部分でもあります。

クラウドファンディングのプロジェクトにおいても、ロボットが何をどのように認識しているのかについて、ヒアリングを重ねるなどして理解を深めています。現在、フロアのゾーニングプランを検討している最中ですが、そこでも早速、悩ましい点がありました。人間が使用することを考えると、「ここは作業する場所」「ここは休憩する場所」というようにある程度機能を分けてあげると空間として使いやすくなります。センターの方々の「活動を見やすくしたい」「フロア一体の流れを作りたい」という要望もあったため、腰壁やガラス壁、家具等でゆるく空間を仕切ることを当初は検討していました。しかし、これらはロボットにとって障害となってしまうので、最終的にカーペットの色分けで空間の境界を作ることになりました。これはロボットもフロアを行き来しやすくなることを考慮した結果です。人間だけでなく、ロボットにとっての快適さも配慮しながら、お互いに歩み寄るようなイメージで、デザインに取り組んでいます。

人とロボットが一緒に暮らす未来の空間を創る

― 今回のプロジェクトの延長線上や、プロジェクトを超えた別の目線で、将来実現していきたいことは何ですか?

村岡 建築デザインに関しては、プロジェクトのテーマである「人とロボットの共存」に向けて新たな視点を採り入れることが重要だと考えています。技術が発展し、暮らしや社会が変わっていく中で、建築デザインのあり方・構造物の形も時代とともに変化していかなければならないものだと思います。その中に、ロボットと共存していくことや、ロボットだけでなくペットなど様々な「ヒトを超えた視点」を採り入れたデザインを実現していきたいです。特に建築デザインは、個々の部屋や建物だけでなく、周辺の施設や自動車などの生活の場全体を包括して考えるべきだと思います。考慮すべき対象は多く、またそれらの変化も多様になります。未来に対して拡張性・柔軟性がありながら、多くの関係者にとって快適であるような空間をデザインしていきたいと思います。

水谷 今までのHMAの目標は「競技会で勝つロボット」というものでしたが、それが「人の役に立つロボット」に明確に切り替わったと思います。そのためには、ロボットが実際に人と一緒に暮らし、働くことで、失敗や成功の事例を積み重ね、改善を続けていく必要があると考えており、その大きな一歩となるのが、今回のクラウドファンディングプロジェクトです。今後は、これまで競技会で培った技術力を元に、人の役に立つロボット開発に取り組んでいきたいと思います。
また個人の研究では、ロボットの「記憶」に取り組んでいます。ロボットが経験を通じて記憶を獲得し、家族とともに成長していくロボットが理想です。例えば、過去にこんな出来事があったねという記憶を元にしたコミュニケーションや、過去の失敗から同じ失敗を回避するための行動ができ、人に寄り添うことができる、人と一緒に成長してくことができるロボットを作りたいと考えています。そのためにも、人とロボットが一緒に暮らす空間デザイン、というのはとても重要な意味を持つと思います。

― 田向先生がロボットを通じて描く将来像について教えてください。

田向 今回のプロジェクトは、私にとっても大きな発見がありました。「ロボットから見た“Affordance(アフォーダンス)”を創る」という話で議論になり、とても考えさせられました。アフォーダンスというのは、簡単に言えばすべてのモノのデザイン・色や形に意味がある、という考え方です。例えばドアノブを例に挙げると、ドアノブは丸い形やレバー型がありますが、人間は見ればその働きを理解できます。ロボットのアフォーダンスはすでに研究がなされている分野で珍しい話ではありませんが、今回のプロジェクトを通じて強く感じたのが、ロボットと人間が共生する時代に向けて、ロボットだけ賢くすれば良い訳ではなく、人間とも共通する新しいアフォーダンスが必要になるということです。この後もプロジェクトは続いていきますが、試行錯誤を重ねる中でそういった新しい研究のタネを見つけていきたいと思います。

究極的な個人の目標としては、ロボットが真の意味で家族になる世界を目指しています。例えばドラえもんのように、ロボットが家族の一員として、世代を超えて記憶を伝えるような世界。またロボットAIが自分たちで成長し、文化を創っていくような世界。それが実現できれば良いなと思い、脳型計算機を研究しています。

― ロボットと建築デザインという異分野で交流することによる発見や、人と共存するロボットの実装に向けた取り組みを、興味深く聞かせていただきました。貴重なお話、ありがとうございました。

※記事に記載の通り、Hibikino-Musashi@Homeではクラウドファンディングプロジェクトで寄付金を募集中です(2023年5月28日期限)。詳細は下記webページをご参照ください。
プロジェクトページへの外部リンク:https://readyfor.jp/projects/hma_wakamatsu

田向 権(Hakaru Tamukoh)

九州工業大学 大学院生命体工学研究科 人間知能システム工学専攻 教授

2006年3月、九州工業大学大学院 生命体工学研究科 博士後期課程 修了。博士(工学)。
九州工業大学大学院 博士研究員、東京農工大学 工学府電気電子工学科助教を経て、2013年2月より九州工業大学大学院 生命体工学研究科 准教授。2021年4月より同 教授。
研究室の主要テーマは、脳型計算機、ソフトコンピューティング全般、ロボットの脳型知能、hw/sw複合体、知的画像処理等。人間と自然なインタフェースで意思のやり取りを行い、人間のように自ら考え行動できるロボットの実現を目指す。

水谷 彰伸(Akinobu Mizutani)

九州工業大学大学院 生命体工学研究科 生命体工学専攻
Hibikino-Musashi@Homeクラウドファンディングプロジェクト代表

九州工業大学大学院 生命体工学研究科 生命体工学専攻 博士後期課程に在籍中。
九州工業大学へ入学後情報工学を学び、学部4年時からHibikino-Musashi@Homeの活動に加わる。人と共存するホームサービスロボットの実現を目指し、脳の機能を模倣した脳型人工知能の開発に取り組む。

村岡 武蔵(Takezo Muraoka)

九州工業大学大学院 工学府 工学専攻 建築学コース 建築デザイン研究室所属

九州工業大学大学院 工学府 工学専攻 建築学コース 博士前期課程に在籍中。
学部4年時から所属している建築デザイン研究室では、建築本を読み進める「必読書ゼミ」、雑誌を通して近年の建築に触れる「新建築月評ゼミ」に加え、実践系のプロジェクト等にも取り組み、多角的な視点からデザインすることに取り組んでいる。