プラチナバイオ株式会社は、国産ゲノム編集技術「Platinum TALEN」を基礎として設立された、広島大学発ベンチャーです。ゲノム編集とは、特定の塩基配列を狙ってDNAを切断し意図的に突然変異を引き起こす技術で、食料・エネルギー・病気の治療といった人類の根源的な問題の解決に資することが期待されています。プラチナバイオは産学共創のオープンイノベーションにより、ゲノム編集×デジタル技術の社会実装を通じた国産ゲノム編集技術の開発への貢献を目指しています。本記事では創業の経緯や、ゲノム編集技術を通じて実現したい目標についてお話を伺いました。
奥原 啓輔(Keisuke Okuhara)
プラチナバイオ株式会社 代表取締役CEO
この記事の目次
産学共創プラットフォームの成果のひとつである国産ゲノム編集技術を提供 研究者側とビジネス側、お互いの想いを汲み取り、翻訳して、理解を得る 共創で科学技術の社会実装を加速し、ゲノム編集技術ならではのプロダクトを創出したい産学共創プラットフォームの成果のひとつである国産ゲノム編集技術を提供
― プラチナバイオとはどのような会社か教えてください。
奥原 「ゲノム編集とデジタル技術でミライを拓く」というミッションを掲げており、広島大学で研究されていた国産ゲノム編集技術に基礎を置いた企業です。 現在ゲノム編集技術により、医療分野だけでなく高付加価値化された食物など国内外問わず様々な領域でプロダクトが実用化され始めています。その中で、産業利用がしやすい国産ゲノム編集技術を提供し、プロダクトへの社会実装をサポートしており、ゲノム編集に関する研究開発および安全性評価、コンサルティング業務、情報基盤サービスなどを提供しています。弊社の技術として国産ゲノム編集ツール「Platinum TALEN」を提供していますが、これは広島大学のゲノム編集イノベーションセンター長で、現在はプラチナバイオのCTOも務めている、山本卓の研究成果を元にしています。
この「Platinum TALEN」の開発およびプラチナバイオが設立されたのは、2016年年度に科学技術振興機構(JST)の産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)で『「ゲノム編集」産学共創コンソーシアム』が設立されたことが端緒です。アカデミアの研究者と、ビジネス課題を持った企業が集まり、ゲノム編集技術を産業利用する共同研究が行われてきましたが、その成果の中から事業化フェーズになっていったものがあり、「Platinum TALEN」もそのひとつでした。
― 「Platinum TALEN」の特徴は何でしょうか?
奥原 産業利用に適していること、つまりゲノム編集技術を素早く社会実装するのに最適な技術であることです。 ゲノム編集技術は大きく分けて3世代に分けられます。第1世代のZFN*、第2世代のTALEN*があり、近年は第3世代であるCRISPR-Cas9*を用いた基礎研究がアカデミアで盛んに行われています。しかしCRISPR-Cas9は、狙った箇所以外の塩基配列を改変してしまうオフターゲットのリスクが大きいほか、知財関係が複雑であることから事業化リスクが大きいという難点があります。これに対し「Platinum TALEN」は、弊社CTOの山本がCRISPR-Cas9の登場以前からZFN、TALENの研究を通じて築き上げてきた知見を基に、TALENを改良し、認識配列への高い結合活性や使いやすさを高めた社会実装に最適なツールとして活用が見込まれています。
*ZFN : Zinc-Finger Nuclease
*TALEN : Transcriptional Activator-Like Effecter Nuclease
*CRISPR-Cas9 : Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats CRISPR-Associated Proteins 9
研究者側とビジネス側、お互いの想いを汲み取り、翻訳して、理解を得る
― 産学共創のコンソーシアムから事業化された技術なのですね。それでは奥原さんもアカデミアのキャリアを歩んでこられたのでしょうか?奥原さんの経歴を教えてください。
奥原 私も大学時代はバイオの研究をしていて広島大学の博士後期課程まで進学しましたが、真剣に研究者になる道を考えたとき、その難しさに直面して就職を選びました。 就職でも、日本の科学技術を支援したいという気持ちからJSTに入構して、最初の3年は産学連携のプロジェクト支援を担当していました。その後は内閣官房への派遣も経験し、国の知的財産戦略の策定など、主に国の立場から科学技術に関わってきました。国の仕事はやりがいがありましたが、非常に忙しかったというのが本音です。 当時は単身赴任でしたが、2011年に東日本大震災が発生し、それを契機に家族は一緒にいるべきだという想いが強くなり、家族のいる地元・広島に戻ってきて、東広島市役所に就職しました。一旦は科学技術とは離れた、子育て支援に関わる仕事に配属されていましたが、東広島市役所は広島大学との連携を重視しており、人材の交流があるため勤務を通じて広島大学に派遣される機会に恵まれました。その中で先ほどの『「ゲノム編集」産学共創コンソーシアム』に携わり、新しいゲノム編集技術で社会を変えるという科学技術の醍醐味に触れ、市役所を退職して広島大学に移った、というのが創業前のキャリアの大まかな流れになります。
― 科学技術に関わる国の仕事(JSTや内閣官房)と個別の産学連携プロジェクトの違いや、国策に携わる経験を通じて得られたものは何でしょうか?
奥原 国の仕事を通じて得た一番大きいものは「政策や公募プロジェクトには明確に狙いがあるので、その背景や日本の目指す方向性を理解して行動する」ということが実感として身に着いたことでしょうか。例えば大学の研究室には素晴らしい研究シーズがたくさんありますが、それらのシーズをそのままPRしても採択されない事例を見てきました。公的な研究費用の獲得だけでなく、企業との共同研究でも同じことが言えると思います。案件ごとに何を求められているかをきちんと把握し、シーズの見せ方を工夫したり、シーズの基礎技術を応用して少し違う分野・産業にアプローチしたり、相手に受け容れられる提案をする応用力が必要です。特定の研究領域と、国の施策や企業のプロジェクトは、立場も目的も異なるので、少しでも両者が重なる領域を模索していく必要があるということを、実感として理解していることが強みだと思います。
そうした経験から、私はアカデミアの研究シーズと企業のビジネス課題のギャップを埋める役割を目指しています。研究者と企業は異なる志向性を持っているので、同じ目標に向かって進めるように間を取り持ってくれる存在が必要です。共同研究を実施する際に両者の考えが完全に一致することはまずないので、それぞれの考えを翻訳し、研究者側・ビジネス側、双方と個別に面談をするなどして落としどころを調整していく、泥臭い作業が求められます。その際に留意しているポイントとしては、まず研究内容やビジネス領域などお互いの領域に対するリスペクトが前提となります。十分に理解し、尊重していることを伝えた上で、共創のために調整しなければならない点は、丁寧に説明して相手の理解を得ることが重要だと考えています。「なぜそうしなければならないのか」を伝えて理解を得られれば解決のためのアイデアが出せますし、そうしたお互いの想いを汲み取り、一致点を模索するプロセスが重要だと考えています。
― 大学発ベンチャー育成において「アカデミアの技術を社会実装するために、ビジネスとの橋渡しをする起業家の存在が重要だ」というご意見を様々な大学関係者から伺いますが、奥原さんはまさに適任ですね。それでは、広島大学での勤務から、プラチナバイオの創業に至る経緯を教えてください。
奥原 広島大学の職員として関わった『「ゲノム編集」産学共創コンソーシアム』の成果から、事業化フェーズに進んだものが出てくる中で、大学が事業に直接関わることが出来ないという課題がありました。研究者にビジネス化まですべて担えというのは難しい話ですし、企業側も先進的すぎる技術は市場の不透明感から社内の説得が難しく、積極的に事業化しにくい現実があります。そして2018年頃になって、コンソーシアムの成果を社会実装するためには事業を進めていく主体が必要であるという話が本格的に持ち上がりました。その後、JSTの社会還元加速プログラム(SCORE)に応募して採択され、事業内容のブラッシュアップを経て2019年8月にプラチナバイオを創業しました。 当時、コンソーシアムはまだ継続していましたが、私はシーズの社会実装、ビジネス化を通じた技術の出口に興味があったので、社会実装を目指す動きに積極的に関わっていきました。プラチナバイオ創業の道を選んだ理由としては、科学技術の価値を高めることに貢献したいと考えたからです。広島大学をはじめアカデミアでは素晴らしい研究者がたくさんいらっしゃる一方で、社会実装やベンチャー起業といった技術の出口については不十分であると感じていました。大学で行われている素晴らしい研究を社会実装する担い手が必要で、アカデミアで培われた科学技術を世の中に出していく役割を果たしたいと考えました。
共創で科学技術の社会実装を加速し、ゲノム編集技術ならではのプロダクトを創出したい
― プラチナバイオでは、現在どのような方針で事業を展開していらっしゃるのですか?
奥原 プラチナバイオでは共創を重視しています。ベンチャーとしてのリスクテイク、ベンチャー企業のサイズ感を活かし、様々な企業とお互いの良さを持ち寄って協力しながらスピード感を持って動き、事業化を進めています。 例えば「Platinum TALEN」によるモデル動物・細胞作製サービスは、株式会社特殊免疫研究所と富士フイルム和光純薬株式会社の2社との共同事業です。プラチナバイオとしては人員リソースの制約から個別の動物作製・納品といった工程を維持することはハードルが高いですが、これを得意とする特殊免疫研究所と提携・技術ライセンスして作業委託を行っています。また、ゼロから営業して顧客を開拓することは至難の業ですが、確立した営業力と顧客基盤を持つ富士フイルム和光純薬と提携し、サービス提供を仲介していただいています。 他にはAIを活用したゲノム編集データベース「Genome Editing Cloud」の開発を、広島大学や凸版印刷株式会社と提携して行っています。凸版印刷は印刷テクノロジーから発展したアルゴリズムやAI技術といった情報コミュニケーション事業分野に強みを持っており、それをバイオ分野で活かすためのシステム開発を担っていただいています。そこに広島大学でのウェット実験や弊社のゲノム編集技術を組み合わせることで、医薬品・食品など様々なバイオ関連企業に利用いただけるプラットフォームを提供したいと考えています。
お互いを補完する形で提携することで、自分たちの良さを提供することに注力でき、様々な製品・サービス開発を並行して、かつスピード感を持って進めることが出来ます。プラチナバイオの技術は、いわゆる上流の基礎研究を支援するサービスから、製品開発~市場投入といったエンドユーザーに近い下流までカバーできるものだと考えているので、共創を通じてその可能性を実現していきます。
― それでは、今後の長期的な事業展望について教えてください。
奥原 なるべく早い段階で実現したいと考えているのは、ゲノム編集技術でしか実現できない価値を持つプロダクトを世に送り出すことです。食品の高付加価値化や農作物の病害に対する耐性強化は過去にも行われていますが、ゲノム編集された食品の安全性という見えにくいリスクを天秤にかけると、購入を躊躇する消費者もいるのではないでしょうか。それに対し、例えば現在広島大学で研究されている低アレルゲン卵の提供など、ゲノム編集でしか実現できず、リスクのハードルを大きく上回るベネフィットを提供ができるプロダクトを実現したいと考えています。このようなプロダクトを「シンボル」として、いくつも出すことができれば、ゲノム編集技術の社会実装を加速させる環境を整えてくれると考えています。
さらには、ゲノム編集技術を元に新しいプロダクトを開発したいという企業に、積極的に声をかけてほしいと考えています。ゲノム編集プロダクトに価値があると考えていても、市場性が読めないことから本格的なビジネス化が難しいケースは数多くあると思います。その中でリスクを取れるスタートアップをうまく「使って」いただき、我々が矢面に立つことでビジネス化を加速することができると考えています。 ゲノム編集ビジネスの先陣となり、シンボル的なプロダクト提供をすることで、ゲノム編集関連プロダクトのビジネスに参入する企業が増加したり、一般消費者の理解が進んだり、ゲノム編集技術が世の中をより良くすることを後押しできればと考えています。
― ゲノム編集技術で社会を変えようとする熱い想いが伝わってきました。ありがとうございました。