株式会社チトセロボティクスは、立命館大学理工学部ロボティクス学科における研究成果を実用化・商用化し、2018年3月にリクルート出身の西田亮介氏が研究室の研究者らと創業した大学発ベンチャー企業です。
立命館大学から起業に必要なすべての知的財産について、有償譲渡による技術移転を受け、創業メンバーの所属研究室の担当教員で恩師でもある川村貞夫教授を取締役副社長に迎えるなど、大学から手厚いバックアップを受けたチトセロボティクスは、創業一年目を黒字で終え、事業創出に向けて順調な滑り出しを見せています。
「社会の役に立つために、技術とビジネスを両立させる」ことの重要性を理解し、実践している西田亮介氏は、チトセロボティクスを含めて4社の起業に関わったシリアルアントレプレナーとしての側面を持ちます。本記事では大学発ベンチャーとしてのメリットや大学発ベンチャー創出を活性化するための課題について語ってもらいました。
西田 亮介(Ryosuke Nishida)
株式会社チトセロボティクス
代表取締役社長
ロボットを「なくてはならない存在」に
― まず、チトセロボティクスはどのような会社かを教えてください。
西田 チトセロボティクスはロボットの画像認識技術と制御技術を組み合わせた独自アルゴリズムのライセンス事業を展開している会社です。
一般的に、ロボットにおける視覚での制御というのは、カメラから得た座標などの情報を基に、自分の位置関係を計算して、動きを制御します。そのために、ロボットで座標を定義し、カメラの歪みなどを補正することをキャリブレーションというのですが、ロボットが少しずれただけでやり直さなければいけないため非常に手間がかかります。
当社は、立命館大学時代に研究開発していた「ALGoZa」という超高精度なロボットの位置制御理論を活用し、面倒なキャリブレーションをせずともロボットを制御できるアルゴリズムをロボットユーザーなどに提供しています。 すでに多くの引き合いをいただいているのですが、用途としては洗い場や盛り付けといった「食」の分野、仕分けや包装の開封といった「物流」の分野、特にケーブルのような柔らかい素材における「組み立て」の分野での活用を見込んでいます。
チトセロボティクスという社名は千年続くような技術を提供する会社になりたいという思いで名付けましたが、私たちのソフトウェアを搭載したロボットが生産性向上や労働者人口の減少といった社会問題を解決し、インフラとして「なくてはならない存在」になるように発展していきたいと考えております。
社会の役に立つために、技術とビジネスを両立させる
― 独自開発の技術ということですが、もともと西田さんがロボットの研究に取り組むようになられたきっかけを教えてください。
西田 私は小さいころからロボットが大好きで、6歳のときからおもちゃのロボットを組み立てたり、プログラミングを開発したりしました。大学進学の際は、興味があったロボット制御の研究がしたいと思い、立命館大学理工学部のロボティクス学科に進学し、大学3年生のときに運動知能というロボティクスの制御理論をテーマとしていた川村研究室(チトセロボティクスの取締役副社長でもある川村貞夫教授の研究室)に入りました。 川村研究室では「視覚フィードバック」というテーマが与えられ、最初は一人の班で研究をしていました。視覚フィードバックというのはロボットにカメラを搭載し、そこから得られる視覚情報でロボットを制御する研究です。
ここで先ほどご説明したキャリブレーションを必要としない視覚フィードバックを実現するための研究をしていました。その結果生まれたのが「ALGoZa」です。
― そこからチトセロボティクスの創業に至る経緯を教えていただけますか。
西田 大学入学式で、「人の役に立つことの一つの定義はビジネスになることだ」という経営学部の先生の言葉に感銘を受けて、理工学部の授業を受けながら、経営学部が行っていたアントレプレナー教育プログラムや技術がわかる次世代経営者の育成を目的とした夜間講座プログラムにも所属していました。
大学を卒業した後はリクルートに就職して、ロボットとは無関係な広告ビジネスで新規の事業開発を担当していました。 リクルート在職中に、立命館大学で所属していたアントレプレナー教育プログラムの記念パーティーに参加する機会があったのですが、そのときに、大学職員の方から「もっと大学の技術シーズからビジネスを創出したい」という話を聞いて、ALGoZaの商用化を基盤とした大学発ベンチャーを起業することを決意して、立命館大学博士後期課程に戻りました。
まずは、川村教授の指導を仰ぎながら、まだ一般化が完了していなかったALGoZaの制御理論の精度を高め、ラボレベルから、産業利用できるレベルに高める研究に着手しました。並行して、市場ニーズを確かめるために、東京に研究分室を設立して、そこで顧客候補企業の探索と課題に対する技術の有効性を確認していきました。
※ 脚注:立命館大学は滋賀県にありますが、大学が学外拠点を認め、西田氏らの技術シーズの事業化を後押ししたそうです技術開発が進み、見込み客が増え始め、ビジネスとしての手応えを感じて2018年3月に法人化してチトセロボティクスを創業しました。
「大学の研究成果を活用してこそ、技術ベンチャーたり得る」
― 大学発ベンチャーとしてのメリットについてどのようにお考えでしょうか。
西田 私たちは創業までのシード期におけるプロトタイプ開発、プロダクトマーケットフィットの確認を研究活動として大学に支えていただきました。 技術を強みにしたベンチャーを大学発で立ち上げるメリットは他にもあります。まずは知財の保護です。ALGoZaの知財は川村研究室での研究成果を立命館大学が保護していたものです。
また、大学から支援があれば、研究室や研究に必要な機材・資材を学内で自由に使うことが可能です。 もちろん図書館などで専門誌や論文も読み放題です。技術系ベンチャーが大学の知識のタンクを使わない手がありません。
それから大きいのは「師匠」がいるということです。私の場合は川村教授ですが、いつでも相談できる相手がいる環境で研究開発ができるというのは大きなメリットでした。 いまなら、大学で研究せずに技術系ベンチャーを起業するという選択肢はないと思います。私たちは、大学の研究成果を活用してこそ、技術ベンチャーたり得ると確信しています。
― 立命館大学からチトセロボティクスが生まれたように、今後大学発ベンチャーがたくさん生まれるにはどのような環境が必要でしょうか。
西田 大学の支援体制は不可欠だと思います。まずは知財ですが、大学側からの譲渡がなければ、ベンチャー側でのビジネスモデルや資金調達の計画が描けなくなってしまいます。当社は立命館大学に非常に協力的に対応していただきましたが、知財の譲渡の話がまとまらずに苦労されている大学発ベンチャーが少なくないようです。
また、大学側である程度の「特別扱い」も必要なのではないかと思います。起業奨励金などはわかりやすい例ですが、やる気のある人たちがやりやすくなるように大学側でサポートすることが必要だと思います。 もちろん大学は教育機関であり研究機関なのですが、今後は「事業を生み出す」ということに職員側も意識をもって、大学全体で仕組みづくりをしていくことが求められているのではないでしょうか。立命館大学はその点、かなり積極的な活動を進めている大学だなぁと感じています。
― 最後に、今後、大学発ベンチャーの起業を目指すみなさんへのメッセージをお願いいたします。
西田 事業化するということは何か解決すべきビジネス課題があるとか、応えるべきニーズがあるはずです。それが目的だとすれば、技術はそのための手段であると私は思います。自分の作ったものには愛着があるのでついつい技術に固執してしまうことがあるのですが、目的に照らし合わせて技術をフィッティングしていくことが必要だと思います。